6大テントを飲み歩いて出会った「別格」──なぜアウグスティーナーだけが木樽で、あの塔に保管されているのか【シュマッツ訪問記②】

「どのテントのビールがいちばんおすすめですか?」
これ、ミュンヘンのオクトーバーフェストに行く前から、正直ずっと悩んでいた問いでした。日本でドイツビールを扱うシュマッツとして、実際に飲み比べて確かめなければ答えられない。そう思って、6大醸造所テントをめぐる「飲み比べ行脚」に出発しました!
まず驚いたのは、テントの「性格」の違いだった
6大醸造所(アウグスティーナー・パウラーナー・レーベンブロイ・ホフブロイ・ハッカー・プショル・シュパーテン)はそれぞれ数千人規模の巨大テント(Zelt/ツェルト)を構えています。

ホフブロイ(Hofbräu)のテントは、名前の知名度そのままに国際色が強い雰囲気でした。テーブルの上で踊る人、慣れない手つきで乾杯を繰り返す人。なんと、ここはベンチの上でのダンスを公式に許可している唯一のテントでもあるんです。外国語が飛び交い、雰囲気は完全に「観光地」のそれでした。
ハッカー・プショル(Hacker-Pschorr)の「Himmel der Bayern(ヒンメル・デア・バイエルン=バイエルンの天国)」は天井に青空と白い雲が描かれた独自の世界観が印象的。シュパーテン(Spaten)のSchottenhamel(ショッテンハーメル)テントは毎年の開会式「O'zapft is!(オアツァプフト・イス!)」が行われる歴史的な場所で、屋外ビアガーデンの広さは全テント随一です。
どこも雰囲気はある。でも、日本でドイツビールに詳しい人に事前に聞いていた答えがここで重なりました。「絶対アウグスティーナーだよ」と。
口に含んだ瞬間、「あ、これは違う」と思った

アウグスティーナー・フェスタレに入ると、空気が少し違う感じがしました。1928年から基本構造が変わっていないというテント内部は、緑色のキャノピーが柔らかい光を作り出していて、ヴィンテージな落ち着きがあります。
席に着き、1リットルのマスジョッキ(Masskrug)を受け取る。口に含んだ瞬間、全員が同じことを感じました。
**炭酸の刺激が少ない。まろやか。するすると喉に入っていく。**
アルコール度数は6.3%と決して低くはないのに、飲み疲れない。なぜだろう──その答えは、テントの外に出たときに待っていました。
6大醸造所で唯一、木樽を使い続けている
◯ 実は1987年以降、他の5社はスチールタンクへ移行していた
アウグスティーナーには、他のすべての醸造所と根本的に違う点があります。**木樽(Holzfass/ホルツファス)からの提供**です。
実は今のオクトーバーフェストで、残りの5大醸造所はすべてステンレス製のタンクを使っているんです。転換点は1984年。木樽の調達が難しくなったことを理由に複数の醸造所がタンクに切り替え始め、1987年以降はアウグスティーナーだけが木樽を守り続けることになりました。
◯ 200リットルの手作りオーク樽、その名も「Hirsch(ヒルシュ)」
アウグスティーナーの木樽には「**Hirsch(ヒルシュ)**」という名前があります。直訳すると「雄鹿」。満タンにすると重量が約300kgになり、それが成体の雄鹿とほぼ同じ重さだからという説が有力です。
一本一本が職人(Schäffler/シェフラー)の手作りで、製造には8〜10時間かかります。容量は200リットル、耐用年数は約30年。内側は伝統的な天然樹脂で定期的にコーティングされ(Picherei/ピッヒャライ)、大切に管理されています。ちなみに、樽の製造工場はミュンヘン近郊に醸造所直営で設けられていて、100年前と変わらぬ手仕事でHirschが作られているんですよ。
フェスト期間中に使う木樽はなんと**約1,100本**。1本の200L樽はフル稼働のテントでは約20分で空になります。空き樽は毎夜回収され、醸造所で洗浄・充填されて翌朝また会場へ。この24時間サイクルが「常に新鮮な樽のビール」を実現しているというわけです。
テントの外に立っていた「塔」──その正体に驚いた

◯ 1926年生まれ、2010年に復活した冷蔵タワー
テントの外に出て、ふと視線を上げると──見慣れない構造物が立っていました。
**Kühlturm(クールトゥルム=冷蔵タワー)**。木製の外装を持つ、高さ約25メートルの塔です。
歴史は1926年にさかのぼります。アウグスティーナー・フェスタレの建設と同時に設けられた初代タワーは、第二次世界大戦後に姿を消してしまいました。それが**2010年のオクトーバーフェスト200周年を機に復活**。現代の技術で再建されながらも、外観は1926年のデザインを忠実に再現しています。
◯ なんと55本のHirschが積み上げられている
タワーの内部には55本のHirsch(約11,000リットル分)が積まれています。冷却に使われるのは現代的な機械冷却ではなく、伝統的な**棒氷(Stangeneis/シュタンゲンアイス)**。大きな氷の柱が樽を取り囲んで温度を一定に保ちます。
夜になるとタワーの内側から照明が灯される。1920年代から続く演出で、光るタワーはテント周辺のちょっとしたランドマークになるんですよ。
他の5社がステンレスタンクで効率よくビールを供給する中、アウグスティーナーだけがこの木樽とタワーを維持し続けている。このタワーを前に、しばらく言葉が出ませんでした。「別格」の意味が体感として伝わってきた瞬間でした。
なぜ木樽のビールは「まろやか」なのか
◯ CO2が樽の外へ逃げていく
木樽ビールがまろやかに感じられる最大の理由は、炭酸(CO2)の量の違いです。
木は多孔質素材。ステンレスタンクがガスを完全に遮断するのとは違い、木樽では気孔を通じてCO2が少しずつ外部へ拡散していきます。一般的なラガーが約3.5〜4.5g/Lの炭酸を含むのに対し、木樽ビールはおおむね2.7〜3.3g/L程度。この差があの「まろやか」な飲み口を生み出しているんです。
さらに、木樽ビールには**CO2による加圧が一切ない**点も面白い。ビールはHirschの重力のみで自然に流れ出します。200kgを超える樽の自重で静かに注がれるビールは、泡の立ち方さえ違う。アウグスティーナー自身も「炭酸の少なさによるまろやかさ」と公式に説明しているくらいです。
◯ ちなみに、鮮度の話もしておきましょう
毎夜空き樽を回収し、夜間に洗浄・充填して翌朝再搬入。1本が20分で空になるテントでは、何本もの樽が次々と入れ替わります。他の醸造所のタンクに比べれば効率は悪い。でもアウグスティーナーは、その効率よりも「常に新しい樽のビールを」という方針を選んでいるんです。
広告も出さず、賞も求めない──それでもミュンヘン一愛される理由

アウグスティーナーは1328年創業、ミュンヘン最古の独立醸造所です。現在もEdith-Haberland-Wagner財団が51%の株式を保有し、非上場で独立を守り続けています。
パウラーナーはハイネケン傘下、レーベンブロイとシュパーテンはAB InBev傘下、ホフブロイはバイエルン州有──他の5社がグローバル資本や公的機関に属する中、アウグスティーナーだけが「ミュンヘンのもの」であり続けているんです。
広告もほぼ打ちません。テレビCMなし、屋外広告なし、スポンサーシップなし。業界誌のインタビューで経営陣が語った言葉が印象的でした。「良いレストランがあれば、広告なんて必要ないんだ」。60以上の直営レストランとビアガーデンが"生きた広告"として機能し、口コミと伝統だけがブランドを支えているというわけです。
オクトーバーフェストのテント予約は、地元の常連客が約1年前にほぼ埋めてしまいます。観光客がなかなか入れない構造になっていて、それがさらに「地元民のテント」というイメージを強化しているんですよね。アウグスティーナーが特別である理由は、木樽だけじゃない。
「でも、なぜこんなに飲み応えがあるんだろう」
木樽のまろやかさ、毎夜の鮮度サイクル、CO2の低さ──これだけ「飲みやすい」のに、なぜちゃんと「ビールを飲んだ」という満足感があるんでしょう。
その疑問の答えは、醸造の工程そのものに隠れていました。次の訪問記では、ミュンヘン市内のビアホールを訪れ、あの「飲み応え」の秘密に迫ります。
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アウグスティーナーが属する「ヘレス」というビールスタイルについてはこちらもどうぞ。
