アウグスティーナーのビアホールで知った「軽いのに飲み応え」の秘密──ダブルデコクションと日常を大切にするブランド哲学【オクトーバーフェスト訪問記③】

アウグスティーナーのビアホールに踏み込んだ日
あの木樽のビールを飲んでから、「なぜこんなに飲み続けられるのか」という問いが頭から離れませんでした。
前回の訪問記で書いたように、オクトーバーフェストの6大テントのうち、木樽(Holzfass)から直接ビールを提供しているのはアウグスティーナーだけです。1987年以降、ずっとそうしてきた唯一の醸造所。あのなめらかな口当たり、炭酸が舌を刺さずに麦の旨味がじわっと広がる感覚──その正体を確かめたくて、私たちシュマッツチームは翌日、ミュンヘン旧市街にある本拠地へ向かいました。
テントの興奮が冷めないうちに向かった本拠地
アウグスティーナー・ブロイシュトゥーベン(Augustiner Bräustuben)は、フラウエン教会からほど近い石造りのビアホールです。テントの喧騒とはまるで違う、落ち着いた空気がありました。木のテーブル、高い天井、地元のおじさんたちが昼から黙々とビールを飲んでいる。そういう場所です。

注文すると、バーテンダーがカウンター奥の木樽から、ガス圧を使わずにビールを注ぎます。シュッという音もなく、重力に従ってビールが静かにグラスへ落ちてくる。アウグスティーナーは「外部のガス圧を一切使わず、樽の重さと重力だけで提供する」という哲学を、公式サイトで堂々と宣言しています("It flows fresh and cool from the barrel, and only under the pressure of its own weight")。
石造りの空間と、重力だけで流れるビール
加圧していないということは、炭酸ガスの含有量が通常のケグビールより少ないということです。舌への刺激が弱い分、麦の旨味が直接届く。テントで感じた「やわらかさ」はここから来ていたわけです。
ちなみに、ブロイシュトゥーベンのバーカウンターには手動のエレベーターが設置されています。100リットルまでの重い木樽を上の階から降ろしてくるための設備です。タンクとガス圧に切り替えれば、そんな仕組みも人手も要らない。それでもやめないのは、このビールの「味」がそこにかかっているから。
「なぜ飲み続けられるのか」──前回からの問いを持って
1リットルのマスを何杯飲んでも、体が重くならない。アルコール度数5.2%なのに、のどにまとわりつかない。オクトーバーフェストで感じたあの感覚は、木樽の提供方法だけでは説明しきれない気がしていました。
答えを探していくと、「ダブルデコクション(Doppelmaischverfahren)」という言葉にたどり着きました。
ダブルデコクション:マッシュを二度煮沸する理由
ビール醸造は、砕いた麦芽を温水に浸してでんぷんを糖に変える「マッシング(糖化)」から始まります。現代の醸造所のほとんどは「インフュージョン法」を採用しています。マッシング工程で段階的に加熱するシンプルな方法で、温度管理が容易でコストも低い。
デコクションは、まったく違う発想です。
マッシュの一部を取り出して煮沸→戻す。それを2回
デコクション法では、マッシュ(麦芽と水の混合物)の一部を別の釜に取り出し、そこで煮沸します。煮えたぎった部分をメインのマッシュに戻すことで、全体の温度を次の段階へ上げていく。ダブルデコクションでは、この操作を2回繰り返します。
手間だけ見れば、相当に非効率です。でも、この工程には理由がある。
煮沸によって麦芽の細胞壁が物理的に破壊され、でんぷんの糖化効率が上がります。さらに、麦芽中のアミノ酸と糖が熱で反応することで、インフュージョン法では出しにくい複雑な香りと旨味が生まれる。あの「軽いのに奥行きがある」という感覚は、ここから来ているわけです。
なぜ現代の醸造所は使わないのか
デコクションは時間がかかります。インフュージョン法なら数時間で終わる工程が、ダブルデコクションでは倍近い時間を要することもある。エネルギー消費も大きい。
現代の高品質な麦芽を使えばインフュージョン法でも十分おいしいビールができる──そう判断した醸造所が、世界中でデコクションをやめていきました。アウグスティーナーは続けています。
「このビールの味はこの工程でしか出せない」という確信。200年近い歴史の中で受け継がれてきた判断を、今も変えていない。コストより味、効率より哲学。それがアウグスティーナーです。
醸造所の敷地に今も残るTennenmälzerei
驚きはまだあります。アウグスティーナーは醸造所の敷地内に、麦芽製造所(Tennenmälzerei)を保有しています。大麦を自分たちで発芽・乾燥させ、麦芽を自社生産している。
現代の醸造所のほとんどは専門の製麦会社から麦芽を購入します。設備も技術も不要で、品質も安定していて、コスト的に合理的です。アウグスティーナーはそれをしない。
床式製麦とは何か──機械化されなかった理由
「Tennenmälzerei(テンネンメルツェライ)」とは床式製麦のことです。大麦を床に広げ、職人が手作業で定期的に掻き混ぜながら均一に発芽させる、伝統的な製法です。空調で管理された現代の回転式製麦設備と比べれば、時間も手間も段違いにかかります。
でも、この工程を経た麦芽には独特の風味が宿る、とアウグスティーナーは信じています。製麦・デコクション・木樽提供。これらはすべて「外注できるけど、しない」という選択の積み重ねです。
ヘレスという「引き算の美学」
アウグスティーナーの代表ビール「ラガービア・ヘル」は、ヘレススタイルの代表的な一本。ビール審査の国際基準BJCPが「ベンチマーク商業例」として筆頭に挙げる銘柄でもあります。

ABV 5.2%・SRM 3〜5・IBU 16〜22が意味すること
アルコール度数5.2%、色はSRM 3〜5(淡い黄金色)、苦みはIBU 16〜22と控えめ。数字だけ並べると、突出した個性がないように見えます。
でもこれは「何も足さない」ことへの、相当に難しい挑戦です。甘すぎず、苦すぎず、重すぎず、薄すぎない。色は可能な限り淡く、澄んでいる。それでいて麦の旨味はしっかりある。相反する要素をすべて両立させるのがヘレスというスタイルで、アウグスティーナーはその頂点を目指し続けています。
「どこまで明るく、軽く、それでいて飲み応えを出せるか」
「色を淡くする」ということは、麦芽の焙煎をできるだけ抑えるということです。淡い麦芽は風味が出にくい。でも深く焙煎すれば色が付いてしまう。
ここにダブルデコクションが活きてきます。淡い麦芽でも、二度の煮沸工程によって十分な旨味とボディが引き出せる。だから「色はクリアなのに、飲み応えがある」というヘレスの矛盾が成立する。木樽の重力注ぎで炭酸を抑え、デコクションで引き出した麦の旨味が直接舌に届く──あの感覚の正体が、ここにありました。
ドイツビールにはさまざまな種類がありますが、ヘレスのようにシンプルに見えて最も作るのが難しいスタイルはそう多くありません。シュマッツのビール一覧で、ドイツビールの世界を広げてみてください。
日常を大切にするブランド哲学
ビアホールを出た後、私たちはアウグスティーナーという会社そのものについて調べました。
ミュンヘン6大醸造所のうち、今も独立を保っているのはアウグスティーナーだけです。Edith Haberland Wagner財団という慈善財団が株式の51%を保有し、上場や買収を制度的に防いでいます。
財団が51%を持つ──上場しない理由
財団が多数株を持つということは、利益の最大化より「醸造所の独立性と伝統の維持」を優先できるということ。株主の圧力に屈してデコクションをやめろと言われても、断れる構造です。
ビール純粋令を守り、自社製麦を続け、木樽で提供する──どれもコスト増につながります。でも財団の傘の下では、それが許される。むしろそれがアウグスティーナーの存在意義として定義されています。
シュマッツのドイツ出張みやげが毎回アウグスティーナーな理由
実は、私たちシュマッツのスタッフがドイツへ出張に行くと、帰りのお土産は毎回アウグスティーナーのビールと決まっています。なぜか。現地のスーパーやガソリンスタンドでも手軽に買えるのに、どこで飲んでもフレッシュで旨いからです。
ドイツのガソリンスタンドにはビールが並んでいます(これ自体、日本人には驚きなんですが)。棚の回転が早くて常にフレッシュな状態で手に入る。ミュンヘンに立ち寄ることがあれば、ぜひ一本手に取ってみてください。コンビニでビールを買う感覚で、本場の一杯が体験できます。
「日常にある最高の一杯」──それがアウグスティーナーの本質だと思います。フェストの特別感だけじゃなく、ミュンヘンの人々の毎日にそっと寄り添っているブランド。それが200年続いている理由かもしれません。
アウグスティーナーの世界を、シュマッツで
デコクション仕込み、床式製麦、木樽の重力注ぎ、財団による独立経営──アウグスティーナーのビールが「別格」と感じられる理由は、どれも「効率より味」という選択の積み重ねでした。
シュマッツもまた、ドイツビールの本質を日本に届けたいという思いでビールを選んでいます。シュマッツのこだわりについてはこちらでも詳しく書いています。
ドイツビールにはさまざまな種類があり、その奥深さは飲めば飲むほど広がっていきます。まずはシュマッツで、その世界を体験してみてください。
次回の訪問記では、少し趣向を変えて「食」の話をしようと思います。オクトーバーフェストといえばソーセージ──でも実は、それだけじゃないんです...
次回のコラムもお楽しみに!
