ジャーマンピルスナーとは?日本のビールの源流をたどる

ジャーマンピルスナーとは、ドイツで育ったピルスナーのこと。ドイツのビールの約半分を占めるこのスタイルは、実は日本のビールの源流でもあります。チェコで生まれドイツで広まった経緯から、味の特徴、地域ごとの違いまでご紹介します。
居酒屋で最初に頼む生ビール。コンビニの棚から手に取る缶。日本で「ビール」と言われて思い浮かぶ、あの黄金色。
実はそのほとんどが「ピルスナー」と呼ばれるスタイルが原型で、ドイツでも最もよく飲まれているビールです。
そのドイツで育ったピルスナーが「ジャーマンピルスナー」。日本ではまだあまり耳にしない言葉かもしれません。でもたどっていくと、私たちが毎日飲んでいるビールの源流にあたります。
◯ ジャーマンピルスナーとは、どんなビールか
先に答えを言ってしまいます。ジャーマンピルスナーとは、ドイツで育ったピルスナーのことです。
特徴は三つ。透き通った明るい黄金色であること。きりっとした苦みがあること。そしてホップの香りが立っていること。
すっきりしているのに、水っぽくはありません。麦の甘みのうしろから苦みが追いかけてきて、すっと消える。だからもう一口飲みたくなる。アルコールはおよそ5%前後で、食事をしながら何杯か飲む速度にちょうど合うようにできています。
ドイツビールというと、白く濁ったヴァイツェンやどっしりした黒ビールを思い浮かべる方が多いかもしれません。ところがドイツの人たちが日常でいちばん飲んでいるのはピルスナーです。ドイツ醸造者連盟の資料では、ドイツのビール市場のおよそ半分。「ドイツ人がいちばん好きなビール」と紹介されているほどです。
◯ 「ジャーマン」がつく理由──生まれはチェコ、育ちはドイツ
ここで一つ、素朴な疑問が出てきます。なぜわざわざ「ジャーマン(ドイツの)」とつくのでしょうか。裏を返せば、ドイツ以外のピルスナーもある、ということです。
1842年、チェコの小さな町で生まれた
ピルスナーの故郷は、実はドイツではありません。チェコのピルゼンという町です。1842年のことでした。
いまもチェコのピルスナーは「ボヘミアン・ピルスナー」と呼ばれます。ボヘミアとは、ピルゼンのあるチェコ西部の地方の名前です。
それまでのビールは、濁っていて色が濃いのが当たり前。そこに現れた、底まで透き通った黄金色のビール。ピルゼンの水は塩気が少なくやわらかく、この水だったからこそ、ホップをしっかり効かせても角が立たず、あのきれいな苦みが成立しました。
ビールの味は、その土地の水で決まる。ピルスナーはそれを証明した最初のビールでもあります。
◯ 造ったのは、バイエルンから来た醸造技師だった
この記念すべき最初の一仕込みを手がけたのは、地元チェコの職人ではありませんでした。ドイツ南部・バイエルンから招かれた醸造技師です。
低い温度でゆっくり発酵させるつくり方は、当時のバイエルンがいちばん得意としていた技術でした。その腕と、ピルゼンのやわらかい水と地元の材料が組み合わさって、あの黄金色が生まれた。ピルスナーは最初から、チェコとドイツの合作のようなところがあります。
◯ なぜ、ドイツ中に広がったのか
ではなぜ、チェコ生まれのこのビールがドイツ中に広まったのでしょうか。おいしかったから、というだけではありません。技術が追いついたからです。
低い温度でゆっくり発酵させるつくり方は、およそ9℃より低い温度を保てないとうまくいきません。当時はそれが本当に難しく、バイエルンでは1865年まで、夏のあいだのビールづくりが禁じられていたほどでした。
そこに登場したのが冷却機です。ドイツの技術者カール・フォン・リンデが実用化した機械が1877年に初めて醸造所で使われると、季節に左右されずビールをつくれるようになりました。同じころ、酵母の研究が進んで品質が安定し、鉄道網が延びて遠くまで運べるようになる。
淡くて澄んだビールを、一年じゅう、同じ味で、遠くの町まで。この三つが揃った瞬間にピルスナーは一気に広がりました。ドイツの醸造所も次々とこれをつくりはじめます。
ただし、そっくり真似をしたわけではありません。土地が変われば水も変わる。それぞれの醸造所が自分たちの水に合うよう配合を調整し、自分たちの土地のホップでつくり直していきました。そうしてドイツらしい顔つきになったものが、いま私たちが「ジャーマンピルスナー」と呼んでいるビールです。
生まれはチェコ、育ちはドイツ。これが、「ジャーマン」という言葉の中身です。
ドイツには土地ごとに個性的なビールがまだたくさんあります。全体像はドイツビールって何だろう?でご紹介しています。
◯ 日本のビールの源流も、実はここにある
ドイツで学んだ日本人が、持ち帰った
1873年、一人の日本人がベルリンにあるビール会社の工場の門をたたきました。中川清兵衛という人物です。
二年あまり醸造を学び、1875年、修業を修めた証書を手にして帰国します。日本人として初めて、本場ドイツのビールづくりを本格的に修めた人でした。当時の日本には、ビール産業と呼べるものはまだありません。
1876年、北海道に開拓使麦酒醸造所が開業します。のちのサッポロビールの源流にあたる醸造所です。中川はここで醸造の責任者を務めました。本格的な設備を日本人の手だけで動かしてビールをつくったのは、これが日本で初めてのことだったといわれています。
🍺 いま飲んでいるビールも、同じ系統
ビール酒造組合の説明によれば、日本の淡色ビールもピルスナータイプに属します。低い温度でゆっくり発酵させるつくり方で、いま世界でいちばん広く飲まれているタイプです。
居酒屋の生ビールも、コンビニの缶も、たどっていけばピルゼンの一杯にたどり着く。ジャーマンピルスナーは遠い国の珍しいビールではなく、私たちの一杯の源流なんです。
👅 どんな味がするのか
苦みは、後を引かずに消える
一口目、まず麦の甘い香りがふわっと来ます。飲み込むあたりで苦みが立ち上がって、口の中をきれいに掃除するように消えていく。
舌に苦みが残り続けないので、脂っこいものを食べていてもずっとおいしく飲み続けられます。「キレがいい」とよく言いますが、この場合は苦みの引き際の速さのことだと思っていただくと近いはずです。
👃 香りの正体
もう一つの主役がホップです。ドイツのホップは南国の果物のような派手な香りではなく、摘みたての草やハーブのような、落ち着いた青みのある香りがします。
地味に聞こえるかもしれませんが、この香りがあるかないかで、ビールの表情はまるで変わります。ホップそのものの話はビールに欠かせない「ホップ」とはで詳しく書きました。
ちなみに、同じ系統のはずなのに日本のビールとは飲んだ感じがずいぶん違う、と感じた方もいると思います。その理由はそれだけで一本書けてしまうので、また別の回で。
◯ 北と南で、苦みが違う
同じドイツでも、味が違う
大きな傾向として、苦みの強い銘柄は北に多いといわれます。北ドイツのピルスナーはホップの効かせ方が思い切っていて、麦の甘みは控えめ、そのぶん苦みがくっきりと前に出ます。反対に南へ下るにつれて、苦みは穏やかに、麦の甘みは豊かになっていきます。
ただし、緯度で決まる法則というわけではありません。北にありながら、南の銘柄より穏やかなつくりの醸造所もあります。あくまで、初めての一本を選ぶときの目安として。
南ドイツ、とくにバイエルンには、もともと自分たちのビール文化がありました。北からピルスナーが勢いよく広がってきたとき、ミュンヘンの醸造所がそれに応えるかたちで生み出したのがヘレスです。
🇯🇵 日本で、ジャーマンピルスナーに出会うには
選ぶときに見るところ
まずラベルです。ドイツのビールには「Pils(ピルス)」と書かれているものが多く、これが目印になります。
そして、さきほどの北と南の話がここで効いてきます。苦みのはっきりしたものが好きな方は北のもの、麦の甘みをゆっくり味わいたい方は南のもの。産地を手がかりにすると、初めての銘柄でも当たりをつけやすくなります。
銘柄選びの話は長くなるので、また回を改めて。シュマッツでもドイツビールのラインナップをそろえ、オンラインショップからご自宅までお届けしています。
そしてもし機会があれば、樽から注いだ一杯も試してみてください。香りの立ち方が缶や瓶とはまるで違います。シュマッツのレストランでも、ドイツから届いたビールを樽やボトル・缶で楽しんでいただけます。
💡 まとめ──まずは一杯、飲んでみてください
ジャーマンピルスナーは、生まれはチェコ、育ちはドイツの黄金色のビールです。ドイツで飲まれているビールのおよそ半分を占め、日本のビールの源流にもなりました。
きりっとした苦みと、落ち着いたホップの香り。難しい知識は何もいりません。
いつもの一杯のルーツを飲んでみる。そんな気持ちで、ぜひ一度試してみてください。きっと、明日の生ビールの味が少しだけ違って感じられるはずです。
南の醸造所がピルスナーをつくると、どこかこのやわらかさが顔を出します。